私は残念ながら元気ではありませんでした、どうも、大林です。どよーん。
タイトルの通りの騒動がつい10日ほど前にありましてつい先日シャバの空気をようやく吸えたのでこうしてブログなぞ書ける状態になっております。
さて、痛風、腰痛、公汎性発達障害など持病のデパートと化している不肖わたくし、他にも何を隠そう"うつ"も若い時分より嗜んでましてですね、詳細は各自リンクよりウィキってもらうとしてまあようは色々あって人より気分の浮き沈みの差が大きいと。
で、私事ではありますが色々とありまして年明けの頃から段々と気持ちが塞ぎ込んでですね、毎日少しづつ心が見えない手で押されていたような感覚になり遂には気付いたらあと一歩の所まで来てしまいドンっと押されてそのまま落ちてしまって目が覚めたら病室に(13年5ヶ月ぶり)って感じでした。
正直記憶が飛んでしまって事の始まりのあたりは自分も実感が無いのですが睡眠薬を10シート(1シートで10~12錠、確か)くらい飲んだようなとこまでなんとなーく覚えてて妻の話によるとまっすぐ歩けない程のヨレヨレの状態で外でぐにゃーっとなっていたのを親切な人が家まで連れて来てくれてきた模様で、その後都内のかかりつけの医者に連れて行かれ、コバトン県の病院に入院って流れに。
道中では「俺を狂人に仕立て上げてぶち込むつもりなんだろう」「とにかく病院には行きたくない 嫌だ 行きたくない」とか言いながらおいおいえんえん泣いていたと伺っており、かなり異様な光景だった事は想像に難しくなく、妻と母にはもう10回程スライディング土下座しましたしこれからも足を向けずに眠りたいと思います。
で、目が覚めて気付くと刑務所モノのドキュメンタリーなどで見たような光景の部屋に居ましてですね『とうとう自分は永年確執のあった弟を無意識のうちにカインとアベルよろしく殺害してしまってムショにぶち込まれてしまったのではないか』とビビりましたが、看守ではなく看護婦さんが来たので、『ああなんかやらかして病院入っちゃったのか...』と ぼやーっと頭と体がもやになってしまっているような状態の中ほっとするような生存してる事にがっかりするような気持ちが半々になりました。
その後部屋にきた主治医(宮崎駿に超似てるので心の中では"駿"と呼んでいる)や母と妻よりどうやら事後2日経過しているらしい事を知る。なるほど。
今回入ってしまった部屋は精神病院の閉鎖病棟の奥の院とも言える隔離室と言う所でですね、10年以上くらい前も閉鎖病棟にはお世話になったのですが時々叫び声などが聴こえてくるその場所を初めて知った時は『やー、俺もこんなとこ入っちゃったけどさすがにあそこだけはやだなぁ』とガクブルしていたその場所に気付いたらいたと。
まだまだ死ぬ気が失せきってない身でしたから『あーやっぱ我が人生最悪の時だ やっぱ死ぬしか無いわこりゃ』とネガ方面にまっしぐら。
よく拘置所で首を吊って自殺とかきくじゃないですか?そうゆうノリでうまーく縄状にした洋服とかを引っ掛ける手頃な物は無いかと辺りを見回してみるとですね、やっぱりあるんですよねこれが。『女房子供とバンドメンバーには迷惑かけるが俺なんか生きてる方がたぶん迷惑かけるし自分も辛くて辛くてたまらないからこうするのが一番良いんだ これで今度こそ終わりだ』と思いながら昔魚釣りで覚えた結び方でしっかり結わえて首入れてよいしょっとやったんですわ。
したらばね、これがやっぱ苦しいんですよね。首吊りは自殺の中では苦しみが少ないとか言うけどあんなん大嘘ですわ、痛いし、頭 かぁーってなるし、死ぬ程苦しい。死のうとしてるのだから至極当然なのだがとにかくヤバい。
で、こりゃもう向こう岸までタッチしたなってくらいのとこで生存本能がぶわーっと蘇って来て、あかんあかん!!ほんま死ぬ!!アカンて自分!!子供とか音楽とかどないすんねん!!これホンマにアカンやつやって!!となりまして自分のデカいガタイでじたばたしてたら洋服結わえてる側が物理的に壊れましてな、どうにかこうにか私を土俵にした生の本能と死の本能の独り相撲は生の本能が勝利を収めた形となったのであります。